19世紀の最高傑作ガレリアを動画にまとめ…きれなかった(涙)【でも動画付き】

こんばんは、あいか(@aikanium)です。

ミラノのシンボルといえば、大聖堂ドゥオモ。
しかし個人的にはドゥオモより同じ広場にあるガレリアが好きです。

今日は私がミラノ建築の中で一番好きなガレリアをご紹介。

記事の最後には動画付き!
本当は動画の中に解説も全て収めたかったのですが、今回はどうしても上手くできなくて。(泣) 動画を作るのが久しぶり過ぎてまだ感覚が掴めてない。。。悔しい〜
イタリア部には今後動画をどんどん載せていくので今回はそのお試しという感じで、気軽に見てくださいな。

まずガレリアどんっ!

正式名称はヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリア(Galleria Vittorio Emanuele II)
2つのアーケード(8角形の建物に2つのアーケードが交差する)に覆われ、ドゥオーモ広場の北に位置し、スカラ座があるスカラ広場へ通じています。
イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたこの場所は、1861年にデザインされ、1865年から1877年の間に建設されました。

石造りの伝統工法を基盤にガラスのアーチ、そして当時、最先端建築技術だった鉄の骨組みが
組み合わさったこのアーケード。
何度見てもその壮大さと繊細な美しさは飽きる事なく感動させてくれます。

私の初めて目にしたときの第一声は「あ、ディズニーランドだ!」でした。
一説によると東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガレリアをモデルに作られているらしいです!

中には高級ブティックが立ち並び、ショッピングモールの先駆けとも言われています。
プラダの本店はこのガレリアの中心にあり、それと対峙するかのようにパリの代名詞、ルイ・ヴィトンのブティックが。
その他にもイタリアブランドを代表するヴェルサーチ、グッチ、ボルサリーノ、ステファネルなどが立ち並び、まさに最先端のモーダと歴史が入り混じる空間。
ちなみに今はCHANELの新店舗も工事中。
ほかにも老舗本屋、鞄屋、宝石店などが並び、ウィンドウショッピングだけでも楽しめます。

さらにもう一つのポイントをご紹介。
ガレリア内、プラダの斜め前にある雄牛のモザイクには大きなくぼみがあります。

雄牛の大事な部分の上で止まらずにかかとで3回転すると「幸せになれる」という伝説があります。
一日に数千回も踵で踏みつけられるため、損傷も激しく頻繁に修復もなされていますが、
修復直後の新品でも股間にはあらかじめうっすらと窪みが付けられているらしいです。
ミラノに来た際はぜひ試してみてください。

と、普通の観光地紹介ならこんな感じで終わりますがこのガレリアで興味深いのがこの素晴らしい建造物をデザイン、建築したイタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニ

このメンゴーニ氏、名門ボローニャ大学卒のエンジニアでした。
また、ボローニャ芸術学校でアートも勉強したとても多才な人物だったらしいです。

まだイタリアが統一される前の1859年にミラノはガレリアの「設計コンクール」を開き、
それに176人の建築家や設計士が応募しましたが、その優勝者がメンゴーニ氏でした。
イタリア統一後、初代イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の名前を冠した
素晴らしいガレリアにしようという事で1865年から工事が始まりました。
建設中も、そこはイタリア、色々と議論や論争が起きたみたいですが、なんとか美しいガレリアが完成したのです。
しかし、次の日は国王にお披露目!となった1877年12月30日。
メンゴーニ氏は “La mia missione e’ compiuta, l’arco e’ finito.”(私のミッションは完了した。アーチは完成した。)と言う言葉を残したあと、ガレリア上部の50mの高さから転落し、亡くなってしまったのです。

誰も彼が落ちたところを見ていなかったので、彼の死には色々な噂が飛び交いました。
最終チェックのために上部を点検していた時に足を滑らせてしまった事故死とも言われていますが、自殺ではなかったのか?とも言われています。
それにはいくつか考えられる理由があったみたいです。
・ガレリアのデザインに反対派の批判が激しく、メンゴーニはかなり精神的に参っていた。
・国王の体調がその時期あまり良くなく、お披露目式には出席できない可能性があり、メンゴーニは「自分の事が認められていないのだ」と悲観的になっていた。
・このガレリアの建設に自身が満足していなかった。
などなど…
はたまた誰かに押されたという他殺説も。

完成当時のガレリア。

100年以上経った今も、彼の死の理由ははっきり分かっておらずいまだに謎につつまれたミラノのガレリアなのです。
そしてガレリア完成10日後には国王エマヌエーレ2世もローマで亡くなったので自分のために作られたガレリアを見ることはなかったらしいです。
なんとも皮肉というか、、切ない話ですね。

ジュセッペ・メンゴーニ

今もガレリア入り口の柱部分には、設計者ジュゼッペ・メンゴーニがお披露目前日1877年12月30日にここで亡くなった、と書かれてたプレートがはめ込まれています。動画の最後に出てきます。

イタリア部も徐々にメンバーも集まってきましたがまだまだ初回メンバー募集中〜!

ではまた!