60年代イタリアの広告業界に新風をもたらした女性ローラ・ラム

こんばんは、あいかです。

今日は真面目に私の好きなデザイナーについて書きたいと思います。

60年代に活躍したスイスの女性イラストレーター/グラフィックデザイナーLora Lamm(ローラ・ラム)。
Pirelli(ピレリ)やイタリアの老舗百貨店La Rinascente(ラ・リナシェンテ)などの一流企業をクライアントに持っていてその時代のイタリアで活躍した数少ない女性アーティストの一人として名を残しています。

イタリアンデザインの一流デザイナーの素で学ぶ日々

スイスのチューリッヒで生まれ育ったローラ。
1953年、25歳でミラノへ渡り、当時イタリアの広告デザイン界でパイオニア的存在だった
アントニオ・ボッジェーリのデザイン事務所Studio Boggeriに入社。
そこでその時代のイタリアンデザイン業界の最先端で活躍するデザイナー達に囲まれて過ごします。
その後、ラ・リナシェンテのロゴデザインを担当したスイスのグラフィックデザイナー、マックス・フーバーと知り合い、彼の下で経験を積み、後にその老舗百貨店の広告デザイナーとして働き始めます。
rinascente

グラフィック界に新風

1958年にはピレリに呼ばれフリーランスとしてコラボを始めます。
pirelli

ローラは当時のイタリア広告業界のグラフィックに新しい風を吹き込みました。
それは”フェミニニティ”
エレガントで陽気、上品だけれど素朴。彼女の作品には今の時代にも通用するような洗練されたモダンを感じます。

loralamm1 ローララム2

現代の広告ではあまり見ない独特の暖かみが、彼女の作品から感じられます。

デザインと時代

当時からしてもとても珍しいタッチの広告だったに違いありません。そう考えると彼女のデザインした広告自体が、当時、世界の広告デザイン界の最先端を走り波に乗っていたイタリア自体を表現しているかのようにも思えます。
ローラを始めイタリアで働いていたグラフィックデザイナーたちがが大きく花開いた背景には、オリベッティやピレリなど、当時の大企業が、優れたデザインをビジネスに取り入れていこうという運動があったからともいえます。

それに比べ、今のイタリアでは若いデザイン学生やアーティストは自分たちの国から離れ、海外で仕事をしようとする傾向にあります。
そう考えてみると広告の質、デザインこそがその国の、そしてその時代の、国民の幸福度を表しているといっても過言ではないのかも。

ローラの生き方を改めてまとめてみて、私もミラノでデザインを勉強し、デザインの世界に携わるものの一人として今後のイタリアンデザインの新たな発展の力になれたらと強く思ったのでした。

ではまた!