同じ地球上でもこんなにも違うイタリアと日本の「家族のあり方」

こんばんは、あいかです。

今でこそ慣れたものの、イタリアに来たばかりの頃は見るもの、聞くもの、全てが新鮮で、
同じ地球に住んでいながらも、国が違うとこんなにも考え方や習慣が違うのか、とショックの連続だったことを覚えてます。今日は当時大きく違いを感じたものの一つ「家族のあり方」について書いていきます。

イタリア人の親子のコミュニケーションは恋人並

イタリア人の親子関係はとっても密です。
それを最初に強く感じたのは、イタリアの高校に入学してから初めて高校で行った旅行でのこと。それはトスカーナ地方に2泊の農場体験旅行でした。
そう、たった2泊。
でも、その短い旅行期間中、イタリア人のクラスメートたちは何度も家に電話してその度に自分たちが何をしているかを両親に報告していたんです。

お昼の時間になると男子女子のほぼ全員が
「チャオ、マンマ(お母さん)!今からお昼食べるところ。さっき山をトレッキングしたんだけど、景色がとっても綺麗だったよ!あ、ピザが来たからまた夜電話するね!家族のみんなによろしく!チャオチャーオ!」
最初は、現地に着いた報告だけかと思っていました。
しかし彼らは、夕食の前にも当然のように家に電話をかけます。
内容はだいたい今日何をしたか(昼の続編)、夜ご飯のメニューなど。
本当にたわいのない話題。
家の方に叔父、叔母や祖父、祖母が集まっている場合なんかは、電話越しの全員と喋る。
「おばあちゃん!元気?うん、私は元気。ちょっと疲れちゃったけど。今から夜ご飯だよ~。じゃあまたね!あ、チャオおばさん!元気?etc…」と、いった感じで。

私はその初めて見る状況を前に平静を装っていましたが、心の中では「…え!叔母さん登場!?」と、突っ込んでいたのを今でも覚えています。

でも、さらに驚いたのは家に一度も電話をしない私が彼らを驚かせていたということ。
友達に「何で家に電話しないの?」と聞かれたので
「だって、明後日には帰るじゃん。」と答えたら、
「寂しくないの?親は心配しないの?携帯持ってきてないの?」と、まさかの質問攻め。(笑)
「電話した方がいいよ!」とあまりにしつこいので、家に一度だけかけたのですが、親も私からの突然の電話にびっくり。
(それはそうだろう、と予測していましたが。)
そんな日本人親子のやりとりをよそにイタリア人の友達は私の横で勝手に安心していました。

そんな友人達に囲まれているとだんだん、自分はすごいドライな人間なんじゃないか、とさえ思えてきました。
でも冷静に考えてみれば、日本では小学校の修学旅行でさえ、1回も連絡をとらないのが普通ですよね。
というか、家族と連絡をとる、という考えが頭をよぎりもしない!
しかし、イタリア人クラスメイト達は携帯があるのに親と連絡をとらないのがあり得ないという感じ。

日本でも母と娘が友達のように仲が良い親子はよくいるかもしれませんが、こちらは「家族」という小さな組織がとにかく深い絆で結ばれている気がする。
日本家庭の絆が弱い、というわけではないのですが、イタリア人は家族愛を恥じらう事なく言葉、身体で表現する。そこが私達日本人との大きな違いだろう。

マザコンがむしろ普通!?

イタリア人男性にマザコンが多いというのはよく聞く話。
イタリア語では”Mammone (マンモーネ)”といい、日本のマザコンとは少し違います。
まずマンモーネな男性はマンモーネと言われても否定しません。

これは私の仲のいい友人T(日本大好きイタリア人男24歳)との会話。
私「週末なにしてた?」
T「お母さんが来てたよ。」(彼はミラノで一人暮らし)
私「へえーいいね。何しに?」
T「僕の部屋を掃除しにきてたんだ。」
私「…え?ていうか、それくらい自分でしなよ!あなた典型的なマンモーネだね。」
T「だって僕のマンマは掃除がとても上手なんだ!それで洗濯物も持っていってくれるし。」
私「Non ho parole…(返す言葉がないわ)」

決して彼が特殊なのではなく、これがイタリアによくいるマンモーネなんです。

はたまた、大学ではこんなことが。
試験のプレゼン発表当日、教室に入ると先生の他に4,5人の大人がいました。

そう、マンマ達。

息子、娘のプレゼンする晴れ姿を見に来たんです。飛行機に乗って遥か南のシチリアから来たマンマがいたこともあります。
また、毎週のように「マンマが作って送ってくれたクッキーだよ。僕のマンマは最高にドルチェ作りが上手いんだ!」と、クッキーをお裾分けしてくれる男の子もいました。

電車に乗っていても、バスに乗っていてもいちいちマンマに電話でもうすぐ家につく報告をする”いい大人”をしょっちゅう目にするイタリア。

イタリア人の「マンマが一番」は今となっては日常の光景ですが、こう日本語に起こしてみると、改めてユルい人種だなーと思います。(笑)

そしてやっぱりマンマとの絆強すぎ。

家族と過ごす時間がとても多いイタリア。そんな習慣から考えさせられる日本の家族のあり方

イタリアも日本と同じく核家族が多いんです。
しかし、実際は祖父母の家が歩いて10分くらいのところにあったり、週末は一緒に過ごしたりします。
もしくは遠くに離れて住んでいたとしても、こちらはバカンスが長いので春休み、夏休み、冬休みの間は何週間も実家に滞在したりと、とにかく親子三世代の距離がとても近いのです。

またクリスマスやイースターなどの祝日は親戚一同が集まって食事会をするのが当たり前
よくイタリア人の友人から「おばあちゃんがエンドレスで食べ物を進めてくるし、おじさんは会う度に同じ自慢話しかしないから面倒くさい。」といった話を聞くことがありますが私にとっては親戚一同が集まるなんて今までの人生で一度あったくらいで、しかもかなり小さかった時の記憶しかないので、うらやましかったりします。

そう考えてみると日本の家族関係は結構ドライなのかもしれません。
でも、そこは国民性。
日本人にとって一番大事なのは「表現すること、伝えること」ではないと思うのでその家族が幸せであったらそれに越した事はないです。

しかし実際のところ、父親の残業、母親のパート勤め、子供の塾通い、そしてネット社会の著しい発達。
これらのために家族内の会話は減り、親子三代どころか親と子の二世代間の関係さえ危ぶまれている家庭があるのも事実

家族の絆が日本で強かったのは明治~昭和時代だったんじゃないかとと私は思っています。
その時代の絆は家族だけでなく日本という国そのものを一つにし、戦後復興という力となり、敗戦国であった日本を大きく成長させました。

テレビなどで「二次元にしか興味がないです。」とか言う若者を見ると悲しくなり、情けなくなります。
最近は家に出社後まっすぐ帰れず、一人でぶらぶらしながら時間を潰すサラリーマンのお父さんたちが急増し、彼らをフラリーマンと呼ぶとか。
これでいいのか日本!!

そんな日本を客観的に見てみると、イタリア人の素直な愛情表現や、世代の壁を超えて一つの話題に対して討論できるコミュニケーション能力は見習わなくてはならないと心底思います。
それが本来の人間らしいあり方なのではないかな。

イタリア人の家族のあり方を知る事で現代の多くの日本人が失いかけている家族のあり方を見直す機会になると思い今回は私の体験を交えて思ったことをシェアさせていただきました。

ではまた!